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陸王、モデルのランナーたちは誰?ライバル達は競り合った陸上選手!

   

ドラマ「陸王」がスタートし、白熱したマラソンレースのシーンも放送されていますよね。
ランナーたちの熱い戦いって本当に素敵だなぁと感じます。

 

さて、ドラマ「陸王」にはモデルとなった人物や会社などがあると言われていますよね。
実際にダイワ食品の茂木裕人(竹内涼真)のモデルは、エスビー食品の瀬古利彦さんとも言われています。

 

では、他のランナーのモデルって誰なのでしょう。
今日は注目してみていこうと思います。

 

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陸王のモデルランナーは誰?

さて、ドラマ「陸王」でランナーとしては知っているメンバーがいますよね。
茂木裕人(竹内涼真)の仲間やライバルたちです。

 

  • 平瀬孝夫(和田正人)
  • 立原隼人(宇野けんたろう)
  • 加瀬尚之(前原滉)
  • 内藤久雄(花沢将人)
  • 毛塚直之(佐野岳)
  • 吉田(山本涼介)

 

 

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このあたりでしょうか。
ライバルもいればチームメイトもいますよね。

 

チームメイトでも試合となれば個人戦。
ある意味全員がライバルであるのです。

 

さて、このランナーたちのモデルは一体だれなのか考えてみた時に、やはり考えられるのは茂木裕人(竹内涼真)のモデルとなった瀬古利彦さんのライバルたちです。
今日はどんな方々が瀬古利彦さんのライバルとして存在していたのかまとめてみました。
この方々が、おそらく「陸王」のランナーのモデルであると言ってもいいでしょう。

陸王茂木(竹内涼真)モデルは瀬古利彦!野球少年だったことも一致!

 

宗茂

宗茂さんは大分県出身の元長距離走ランナー、マラソン選手です。
さらに陸上競技指導者としても活躍されていまいた。
現在は気功師として働いていらっしゃいます。

 

弟さんは宗猛さん。
一卵性双生児の双子の弟さんなのです。
兄弟そろって多くの国際大会に出場され、入賞を果たしました。

 

陸上競技を始めたのは中学生の頃。
学校での指導者が不在となってしまった時期もあり、自主的に考えたトレーニングをしていました。

 

オリンピックにも出場しました。
モントリオールオリンピックに日本代表として出場。
20位という結果に終わってしまいましたが、日本人代表の中では最上位だったのです。

 

モスクワオリンピックの代表でもありました。
この代表選考レースで、瀬古利彦さんとでっとヒートがありました。
ゴール間近の競技場での出来事。
瀬古利彦さんが優勝、2位が宗茂さんとなったのです。

 

モスクワオリンピックの代表とはなったものの、日本が大会をボイコット。
この代表は幻となってしまったのです。

 

ロサンゼルスオリンピックにも出場。
日本のトップランナーの1人として、活躍し続けました。

 

その後ソウルオリンピックの代表選考レース直前に、第一線からの引退を表明されます。
最後に出場したマラソンは1987年のロンドンマラソンでした。

 

  • 森下広一
  • 小島宗幸
  • 小島忠幸
  • 川嶋伸次
  • 宮原美佐子

 

これらの有名選手を宗茂さんは育て上げられました。
指導者としても優勝だったことがうかがえます。

 

現在は気功師。
宮崎県延岡市に宗茂気功健康塾が開設されています。
気功を使い、健康づくりに努められているんですよ。

 

宗猛

宗猛さんは宗茂さんの弟です。
一卵性双生児で双子として生まれました。

 

現役時代は長距離、そしてマラソンランナーとして活躍しました。
現在は旭化成陸上部総監督、そして公益財団法人日本陸上競技連盟中長距離、マラソン部長を務められています。

 

茂木裕人(竹内涼真)のモデルと言われている瀬古利彦さん、そしてお兄さんの宗茂さんとともに、1980年代前半の日本男子マラソンのビッグ3としてマラソン界をリードした存在です。
マラソン界を盛り上げてたのです。

 

ロサンゼルスオリンピックでは、4位入賞という成績を収めます。
瀬古利彦さんが14位だったのに対して、宗猛さんがこの結果のため多くの注目を集めました。
実はこの結果は、マラソン大会で瀬古利彦さんよりも宗猛さんが早くゴールしたのは初めてのことでした。

 

現役生活は初マラソンから23年に及びました。
日本の男子ランナーとして、高いレベルで長い選手生活を送った人はなかなかいません。
宗猛さんは高いレベルでの23年間だったのです。

 

マラソンは練習あるのみという考え方。
ひたすら練習に励んでいた選手だったのです。
几帳面な性格で、努力家のランナーでした。

 

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伊藤国光

伊藤国光さんは長野県出身の元陸上競技選手です。
長距離やマラソンランナーとして活躍されていたのです。

 

ランナーとしてのピークが有力選手の全盛期と重なってしまいました。
一度もマラソンでオリンピック選手に選ばれることはなかったのです。

 

  • 瀬古利彦
  • 宗茂
  • 宗猛

 

先ほどご紹介したランナーたちですね。
実力派あるのにもかかわらずマラソンでは1度も優勝することができなかったのは、強い選手と重なってしまったことが理由でしょう。

 

いまだ勝っていない選手の中では世界最高のランナーと記されるなど、世界マラソン界の七不思議といわれるまでありました。
伊藤国光さんが優勝できないことに、疑問を持つほど、強い選手だったと言えるのです。

 

走り方は独特でした。
レース中、苦しくなると首を振る癖がありました。
これは一説ではマラソンで勝てなかった原因と言われています。
しかしこの走り方で人気が出たとも言われているのです。

 

引退を表明したのは1991年のボストンマラソン。
1度も勝てなかったことは、悔しかったのではないっでしょうか。

 

ライバル選手が多い時期に強い選手は、少し時期がズレているだけでヒーローになれた可能性がありますよね。
しかしそんな時代にも瀬古利彦さんは第一線で活躍されていました。
どれだけ強い選手だったかがわかります。

 

中山竹通

中山竹通さんは長野県出身で元長距離ランナーです。
現在はマラソン解説者や指導者として活動をされています。

 

1980年代後半、瀬古利彦さんや宗茂さん、宗猛さん、そして新宅雅也さんたちとマラソン界をリードした一人
このころのヒーローだったんですね。

 

1987年にソウルアジア大会がありました。
独走状態となり2時間8分21秒というタイムで中山竹通さんが圧勝したレースです。
実はこのタイム、アジア大会の男子マラソンの大会記録として未だ破られていないのです。

 

ソウルオリンピックでも強さを発揮しました。
先頭集団に加わり、最後は失速し4位という結果に終わってしまいましたが、日本選手の中ではトップの結果でした。
1位でなければビリでも同じというカリスマ的発言をされたのも中山竹通さんなのです。

 

バルセロナオリンピック後に一線を退き、指導者として活動されるようになります。
今強い選手たちが出てきているのも、中山竹通さんのような優秀な方が指導者にいるからでしょうね。

 

新宅雅也

新宅雅也さんは広島県出身のマラソンランナーでした。
1970年代後半から1980年代にかけて、日本陸上界をリードした名選手として知られています。

 

陸上部に入ったのは中学時代。
このころは目立った選手ではありませんでした。
しかし負けず嫌いの性格で練習は熱心。
1人で遅くまで走っていることも多かったそうです。

 

マラソンに転校したのは1985年。
初マラソンで日本記録を出した大物ランナーです。
ソウルオリンピックにマラソン代表で選ばれました。

 

しかしメダル争いに絡むことはできませんでした。
現在は体育大学予備校の体育進学センターの講師として指導をされています。

 

まとめ

ドラマ「陸王」でモデルとなったランナーは誰なのかという疑問が出ているようです。
ここでいうランナーとは、茂木裕人(竹内涼真)とライバル関係にある人たちですね。

 

今日は茂木裕人(竹内涼真)のモデルとなった瀬古利彦さんのライバルたちを紹介しました。
それでは最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

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 - 2017年, 2017年10月期, 陸王